OSECHIのような宇宙線測定では主役であるミューオンも、他の実験にとっては観測を妨げるバックグラウンド(背景事象)として、時には「邪魔者」になることがあります。
なぜミューオンが邪魔になるのか #
地表には1平方メートルあたり毎分約1万個ものミューオンが降り注いでいます。 ニュートリノ反応や暗黒物質探索のように、バックグラウンドの少なさが非常にシビアに問われる実験では、この大量のミューオンが検出器に無数の信号を残し、探したい本物の信号を覆い隠してしまいます。
地下に実験施設を作る理由 #
こうしたバックグラウンドの影響を避けるため、スーパーカミオカンデに代表されるニュートリノ・暗黒物質実験の多くは、山の地下深くに建設されています。 ミューオンは高い透過力を持ちますが、それでも数百〜数千メートルの岩盤を通過する間に大部分がエネルギーを失って止まるか、吸収されます。
岐阜県神岡町の地下約1,000mに位置するスーパーカミオカンデでは、地表と比べてミューオンの量が約10万分の1にまで減少しています。 この「岩盤による遮蔽」によって、ニュートリノのようなごく稀な反応を検出できるだけの静かな観測環境が実現されています。
測定器の較正への活用 #
一方で、宇宙線ミューオンには「手軽に手に入る放射線」という魅力もあります。 ミューオンはほぼ光速で直進する荷電粒子であり、いつでもどこでも自然に降り注いでいるため、加速器を使わずに得られる無料の標準粒子源として扱えます。
加速器実験においても、宇宙線ミューオンはバックグラウンド事象であることに変わりありません。 しかし見方や使いどころを変えれば、本番の測定を始める前に検出器の性能を評価する道具として活用できます。 たとえば、ミューオンがどの位置を通過したかを再構成する位置再構成の精度や、信号の大きさからエネルギーをどれだけ正確に読み取れるかを示すエネルギー分解能の較正に、宇宙線ミューオンがよく使われます。 稼働開始前や定期メンテナンス後に、宇宙線を使って検出器が正しく動作しているかを確認する「宇宙線試験」は、地下実験・加速器実験を問わず多くの実験で欠かせない工程になっています。
参考文献 #
- Woodley, W., Fedynitch, A. & Piro, M.-C., “Cosmic Ray Muons in Laboratories Deep Underground,” arXiv:2406.10339 (2024).