ここまで見てきたミューオンは、宇宙線が大気とぶつかって生まれる「宇宙線ミューオン」でした。 一方、加速器で人工的に大量のミューオンを作り出し、その性質そのものを精密に調べることで、素粒子物理学の基本法則の限界を探る研究も世界各地で進められています。
ミューオンの「わずかなずれ」を測る #
ミューオンは、磁場の中に置くとコマのように首を振る、小さな磁石のような性質を持っています。 この首の振り方は歳差運動と呼ばれ、その振れ方の強さを表す量がg-2(異常磁気モーメント)です。 g-2は理論から非常に高い精度で計算でき、実験で測った値と直接見比べることができます。 過去の実験では、このg-2の値が理論の予測からわずかにずれているという結果が報告されており、まだ知られていない未知の粒子や力の存在を示す兆候ではないかと注目されています。
J-PARCで進むミューオンg-2/EDM実験は、ミューオンを一度冷やしてから改めて加速し直すことで、これまでよりまとまりの良いミューオンの流れを作り出します。 このミューオンの流れはビームと呼ばれ、より小型の装置で精度よくg-2のずれを測定できるようになりました。 あわせて、ミューオンの中でプラスとマイナスの電荷が少しでも偏って分布していないかを表す**電気双極子モーメント(EDM)**という量も調べています。 g-2とEDM、2つの測定を組み合わせることで、標準模型では説明できない物理の痕跡を探しています。
ミューオンが電子に変わる瞬間を探す #
電子とミューオンは、質量以外の性質がよく似た「きょうだい」のような素粒子です。 標準模型では、電子やミューオンなどの「種類」(専門的にはレプトンフレーバーと呼びます)は、反応の前後でほぼ厳密に保たれると考えられています。 つまり、ミューオンが直接電子に変わってしまうような反応は、実質的に起こらないはずです。 もしこの反応が起きたなら、それは**荷電レプトンフレーバーの破れ(CLFV)**と呼ばれる現象そのものであり、標準模型では説明できない出来事ということになります。
大強度陽子加速器施設J-PARCで進められているCOMET実験は、このミューオンが電子に変わる反応を史上最高の精度で探すことを目指す国際プロジェクトです。 実験は段階的に進められており、最初の段階はフェーズIと呼ばれ、まず感度を大きく高めた探索を行います。 その結果をもとに、さらに100倍以上感度を高めたフェーズIIへと進む計画です。 もしこの反応が一度でも観測されれば、標準模型を超える新しい物理の存在を示す決定的な証拠となります。
参考文献 #
- Moritsu, M. (on behalf of the COMET Collaboration), “Search for Muon-to-Electron Conversion with the COMET Experiment,” Universe 8, 196 (2022). https://doi.org/10.3390/universe8040196
- J-PARC muon g-2/EDM Collaboration, “Overview,” https://g-2.kek.jp/overview/